いつもフランクなきみに

お友達がほしくてブログはじめました

ジャニオタが孔子に捧げる「それな」〜論語にイイネを押したい〜

 
本を読む人は読まない人の何倍も多くの人生を送ることができる。
 
 
 
 
この言葉を初めて知った私は当時、幼稚園の年中だったと思います。
 
その時は意味も分からず、ただ
 
「なんかカッコイイ…!!」
 
と思いました。
 
そして趣味読書(絵本)だった幼い私はもっと本を好きになりました。
 
言葉の意味はよく分かんないけど私はみんなより経験豊富なんだゼ☆
と自分に酔いながら大量の絵本を読みました。
 
ちなみに私が絵本から児童書への階段を登ったのは小学4年生くらいだったと思います。
今思うとかなりの遅咲き。
でもそれくらい絵本がだいすきでした。今も好き。
 
 
自己陶酔しつつ絵本を読み漁っていた頃よりは私も成長して、文字だけの本を読み、ただカッコイイと思っていた言葉の意味が少しだけ分かるようになりました。
 
 
本を読むことでその本の中でのことが自分の経験になる的な…そういうことですよね…?(自信ゼロ)
 
 
でも私は物語や作者の考え方・見方に自分が憑依することはできなくて、自分の考え方に寄せて、寄せて、寄せて、やっと落とし込めるようになります。
たくさん考えて自分が歩み寄りながらも、本に歩み寄ってもらう。
そうしないと理解ができないです。
言葉にすると私めちゃくちゃポンコツ野郎だな。
 
 
だから本を読むことによって別の人生を歩むというよりは、自分が生きている今の人生の中での経験が増えるという感覚に近いです。
 
 
そして最近は昔の文章を読むことが多いです。
 
 
昔って言葉にしちゃうと範囲が広すぎるし、定義は人それぞれだと思うけど昔という言い方で許してください…!!!!!
 
 
何千、何百年前に書かれた言葉が今も読み継がれてるってことはその文章がいつの時代も共感を生んでいたり、ためになってたり、多くの人が感じてはいるけど上手く言葉にできないことを的確に表せたり、なんらかの刺激になってるってことですよね。
 
 
それってとってもすごいこと…!
感情を言葉にするってとっても高度な技術が必要だと思うんです。
 
 
思いのままに言葉として表現できる人、しかもその文章や言葉が美しくてキラキラしてる人は尊敬します。
 
 
いつの時代にも、どの場所でも、どの媒体にもそうやって表現できるすごい人達は沢山いて、それに私が触れることができるって…つくづく恵まれているなァ〜〜〜〜(お母さん生んでくれてありがとうタイム)
 
 
 
ちなみに私が友達になりたい歴史上の人物1位は清少納言さんです。
 
 
枕草子でのあの物言い……共感とスカッと、どちらも味わえて最高です…!
まあ今回、枕草子清少納言も全然関係ないので本題に行きますね。
 
 
 
今回は!!!!!!!
私が今まで!!!
 
「正しいと思うけど同意はしたくない」
 
と思ってた言葉を!!!!
私がジャニオタになったことにより文章を自分に寄せることができてストンと理解できたことについて書こうと思います!!!!!!!!
 
 
 
 
その言葉は『論語』の中にあります
 
 
論語』は孔子の言葉を孔子の弟子が記録した書です。
 
 
 
みなさんの孔子のイメージはどんなものでしょうか???
 
 
昔の中国の人、儒教の人、論語の人、こんな感じ……?
 
 
こんな簡潔に言ったら絶対怒られるけど本当に本当に簡単に言っちゃうと、
 
 
戦争まみれで荒れた世の中をどうすれば上手いこと治められるのか政治家に教えてまわった人
 
 
…的な……感じ…です…。
(気になった方はググるか私に聞いてくれれば知ってる範囲内で説明します😉)
 
 
そして私がジャニオタ目線で読んだものがコチラ↓↓↓
 
 
【原文】
子曰、學而時習之、不亦説乎。
有朋自遠方來、不亦樂乎。
人不知而不慍、不亦君子乎。
 
 
【書き下し文】
子曰く、學びて時に之を習う、亦た説ばしからず乎。
朋有り遠方より來たる、亦た樂しからず乎。
人知らずして慍らず、亦た君子ならず乎。
 
 
 
 
論語の中でもとっても有名な所です!
みなさんも1度は目にしたことあるかと思います!
 
 
上のものを、【現代語訳】+《ジャニオタ訳(そんな言葉ない)》にさらに注釈をつけて書きます。
一応書き下し文ももう一度書きますね!
 
現代語訳はニュアンスです。他の訳し方もあるはずなのでそこは私の解釈ということで!あしからず!
 
 
 
それでは、レッツゴー!!!!
 
 
 
 
 
 〔子曰く、學びて時に之を習う、亦た説ばしからず乎〕
 
孔子が言うには、勉強をして然るべき時に復習をし身につける、なんと喜ばしいことではないか。】
 
《コンサートで初披露されたアルバム曲の踊りをそのツアー期間中に複数回入ったことで何となく覚えた後、音楽番組で披露されて鬼ほどリピッて完コピして、次のコンサートでその曲が披露された時ノリノリで踊れる。なんと幸せなことだろう。》
 
 
コンサート上演中に覚えようとすると演者さんの表情とか、動きとかを見逃すから踊りにばっかり集中できないんですよね〜。
少クラis復習の場。
ありがとうNHK
 
 
 
 
〔 朋有り遠方より來たる、亦た樂しからず乎。〕
 
【遠方から友達が来る。なんと楽しいことだろう。】
※この場合の孔子が言っている友達とは自分と同じ様に学問を志す同志のことです。
 
ツイッターで出会った、応援スタイルと波長が合ってめちゃくちゃ仲良くなれたのに遠くに住んでるオタ友が遠征で自分の住んでる方まで来てくれたから連番でコンサート入って 、そのあとご飯食べたり、自分の家泊まったりして1日中アイドルくんの尊さを語り合えるのって本当に楽しい。》
 
 
やっぱり大好きで熱を持っている対象が一緒の人ってすっごく仲良くなれますよね〜〜。
それがコンサート終わりともなるとネタは尽きません…。
アイドルを観に行ってるのか友達に会いに行ってるのか分からなくなるレベルでどっちも楽しい。
 
 
 
 
〔人知らずして慍らず、亦た君子ならず乎。〕
 
【人に認められなくても怒ったりしない。それこそ紳士じゃないか。】
 
《自担の写真見せてってリア友に言われたから、自分が1番好きなショットじゃないけど初見の人向けの盛れてる写真をカメラロールから見つけ出して満を持して見せたのに「ブスじゃん笑」とか言われてもブチ切れちゃだめ。自分が自担のことを好きでいる気持ち、それを1番大事にすることこそジャニオタのあるべき姿じゃん?》
 
 
いるいる〜〜人の好きな物、事をバカにする人〜〜〜〜!!!!
ちなみに私はあまり傷付かないのですが、自分の"好き"を否定されると傷付いてしまう方も沢山いますからね〜!
でも、自分が傷付いたからって怒っちゃダメですね。
 
 
孔子も自分のことを記した伝記、太史公自叙で自分の学問人生を語るのにこんなことを言っています。
上から原文、書き下し文、現代語訳です。
 
六十而耳順
六十にして耳順
60歳で周りの声に耳を傾ける
 
これは自分と異なる意見を広い視野を持って受け入れるようになるということです。
 
自分が思っていることと違う意見を言われても
 
「それ違うよ!!!!」
 
ってすぐに反論するのではなく
 
「なるほど、そんな意見もあるのねぇ…」
 
と受け入れてみる。
 
 
これは自分が熱を持っている対象への思いや意見に絶対的な自信があるからできることなんです。
 
 
まあ、孔子がこれできるようになったの60歳なんですけどね!!!!!
 
 
学問志したのが15歳で、自分の学問の基礎が確立したのが30歳とか言ってるから絶対的な自信持つのに相当時間かかってる気もするよね!!!!!!!
 
 
 
 
 
 
…………………
 
 
 
 
 
 
 
……、ジャニオタ訳と注釈長くない?????????????
 
 
まあいいや。以上です!
 
 
上下関係のあり方とか、他者を思いやる心とか、そういったことについての孔子の考え方はすごく好きなんです。
 
 
でも、今あげた文章はどうも学問の素晴らしさばかりを謳ってるようにしか感じられなくて、勉強しろって言われるとしたくなくなる体質の私からするとどうも…
 
「うるせぇ!ガリ勉!!!!バーーーカ!!!!もっと楽しいこと他にあるだろバーーーーーーカ!!!!」
 
って言いたくなってたんですよね。
 
 
でも孔子が素晴らしいと思ったもの、学問をアイドルに置き換えてみたらアラアラどうでしょう。
 
 
「いや、わかるわ。ほんとそれよ。それな。それな。」の連続です。
 
 
孔子がジャニオタツイッタラーだったら速攻フォローして呟きふぁぼりまくってると思います。
 
 
ありがとう孔子。ジャニオタとしての楽しみ方、沢山あるよね。
 
 
コンサート映像をコマ送りで見たり、レコ整理したり、大好きなクッキー食べながら雑誌読み返したり、そういうの大事にしようって改めて強く思えた。
 
 
 
 
ありがとう、孔子。(拍手大喝采)